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VIII章:約180体の御遺体の顎関節の肉眼解剖による
顎関節の病態分類について

V、VI、VIIの3つの章では文献的な考察を行いました。Piperは、顎関節症を進行の程度に応じて、8つの種類に分類しています。通常病態診断においては病理解剖所見が有用ですが、顎関節症においては、十分には行われ得ないのが現状です。そこで私は広島大学医歯学部において約180体の御遺体の顎関節の解剖を行いました。そして約8種類に病態が分類されることがわかりました。分類の指標は、以下の5つを用いました。

1.関節円板の転位の有無

2.関節円板の下顎頭内側極および外側極への付着部の障害の有無

3.関節円板の穿孔の有無

4.関節円板の下顎頭に対するゆ着の有無

5.下顎頭の骨吸収の有無

その結果第Y章で解剖学的演繹法により考察したのと同様な構造的に正常並びに異常の概念図(図Wー9))を得ることが出来ました。つまり構造的異常では正常に対して、関節円板の前方への転位、関節円板の付着部の障害、下顎頭の後上方への偏位による関節円板の後方肥厚部および円板後部組織の圧迫が見られます。次に得られた8つの病態を見ていきます。(N=146)(表[ー1)

C-1:関節円板無転位付着部非弛緩型=構造的正常(R43.8DL41.8D)

関節円板の転位が見られず付着部の強固な関節円板無転位付着部非弛緩型ともいうべき状態です。標本は右顎関節で関節円板と下顎頭を一体として取り出し筋組織および円板後部組織は取り除いてあります。

C-2:関節円板無転位付着部弛緩型(R1.4DL1.4D)(図[ー2)

関節円板の転位は見られないが付着部がゆるんでいて後方への過剰な可動性を示す関節円板無転位付着部弛緩型ともいうべき状態です。

C-3:関節円板内方転位(R4,1DL5.5D)(図[ー3)

関節円板が下顎頭に対して内方に向けて位置している関節円板内方転位ともいうべき状態ですが、この型のものは下顎頭の形態が小さく相対的に内方転位に見えているようにも見受けられました。下顎頭の運動障害等は見られませんでした。

C-4:関節円板中心部部分前方転位(R14.4DL14,4D)(図[ー4)

円板の中央部は前方へ転位しているが両側の付着部に障害の見られない関節円板中心部部分前方転位とも言うべき状態を示しています。

C-5:関節円板外側部分前方転位(R1.6DL11.0D)(図[ー5)

外側部の円板の前方転位と外側極部の付着部の障害を認めるが内側部の円板の転位が認められない関節円板外側部部分前方転位ともいうべき状態を示しています。

C-6:関節円板完全前方転位(R12.6DL14.4D)(図[ー6)

外側部から内側部にかけて円板が完全に前方に転位し円板の付着部は両側とも傷害された関節円板完全前方転位ともいうべき状態を示しています。

C-7:関節円板穿孔(R9.6DL7.5D)(図[ー7)

関節円板に穿孔が見られた下顎頭並びに関節窩に骨吸収が見られる関節円板穿孔の状態を示しています。

C-8:関節円板線維性ゆ着(R2.7DL4.1%)(図[ー8)

上下関節腔で関節円板のゆ着が起こり可動性の障害された関節円板線維性ゆ着の状態を示しています。

私が解剖した顎関節では以上の8種類に分類することが出来ました。そしてその病変の左右対応関係を見てみますと、C−1とC−2を正常とした場合、正常であれば両側とも正常、異常であれば両側とも異常である傾向を示しました。(表[ー2,3)

関節円板の転位と骨吸収の関係については、関節円板の異常があれば下顎頭の後方部に骨吸収が認められ、関節円板が正常であれば骨吸収はみられないという結果が得られました。(図[ー9,表[ー4)この観察結果は、正常モデルの下顎骨にかかる力学的ベクトルが前上方に対して、異常モデルでは後上方であることと関係があるように思われました。すなわち下顎頭は前上方部に圧力を受けるのが生理的であるという事です。つまり異常モデルにおける後上方への力学的ベクトルにより下顎頭の後方部に骨吸収がおきたのではないかと推察されました、とすれば下顎頭が本来の位置にもどり、閉口筋の活動が本来の機能(咬合時の前上方への力学的ベクトル)を回復すればこの骨吸収も治る可能性があると考えられます。

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