顎と体の健康の話 目次に戻る---------- ←前の章へ-------------- 次の章へ→---------------

VII章:顎関節学会による顎関節症の分類とその問題点について

日本顎関節学会により、顎関節症はΙ〜V型に分類されています(表Zー1)。診断順序としては、X線写真における下顎頭の変形像を認めた場合に、まずIV型変形性顎関節症とし診断除外します。次に、関節雑音、関節雑音に併発する開口障害の存在によって、III型顎関節内障として診断除外します。次に、大開口および咀嚼時の関節痛の存在により、II型慢性外傷性病変として診断除外します。次に、咀嚼筋の圧痛により、I型咀嚼筋障害として診断除外します。以上の系統診断で診断除外されないものは、V型その他にするという順序を踏みます。いずれにしてもこの分類は、顎口腔系の不調和つまり、歯列・筋活動・顎関節の三者の不調和な状態の進行程度に応じた分類であると考えられます。

ここでこの日本顎関節学会の分類の問題点について考察します。

開閉口時にクリック音を有するreciprocal clickの場合は、関節円板前方転位の復位を伴うものとして分類されています(表Zー2)。しかし、Piperはreciprocal clickを、慢性外側極クリックと慢性内側極クリックに分類しています(表Zー3・図Zー1)。

つまり、関節円板の付着部は外側極部と内側極部の2ケ所あるため、外側極部の付着部のみ障害された場合は内側極部の付着部を中心に円板の外側部が前方に回転し、外側部の円板の部分的な前方転位がおこります。また外側極部と内側極部の円板の付着部が両側とも障害された場合は関節円板の完全な前方転位がおこります。この両者の違いは根本的に重要で、外側極部のみ円板が前方転位した場合は、内側極部の円板が下顎頭を被っているので、関節円板の下顎頭からの圧力を受圧する機能が保存されます。したがってこの場合は開閉口時のclickは認められても咬合関係の変化は著明には認められない筈です。しかし関節円板が完全に前方転位した場合は関節円板後部組織が下顎頭からの圧力を受圧するようになるため、関節本来の機能を失う事になります。そして下顎頭の偏位も著明に起こるため咬合の変化や顎位の偏位も起こると考えられます。reciprocal clickという同じ症状の中に異なる2つの病態が含まれていることになります。

McCartyは関節造影と下顎頭の運動経路を組み合わせて、正常像、Reciprocal Click像、closed-lock像、floating(浮動性)closed-lock像の病態診断について考察していますが、これもやはり、完全な前方転位と、部分的な前方転位の鑑別診断については触れられていません。

機能の違いは形態の違いを示すと考えられます。これを下顎頭の運動経路という機能で見た場合、Lundeenのデータを引用して見て見ますと運動経路がスムーズで障害されていなければ構造的には正常と考えられますし(図Zー2ーA,図Zー3)、逆に大きく障害されていれば関節円板のロック状態が考えられます(図Zー2ーC,図Zー4)。

Lundeenによれば、開閉口時にreciprocal clickを示すものには2種類の型があります(図Zー5,図Zー6)。このうちの一つは関節円板の完全な前方転位の復位型であることがわかっています(図Zー2,,図Zー5,上,図Zー8)。そして円板の復位したスプリントの治療顎位の位置もわかっています(図Zー7)。しかし他のものについてはその病態は不明とされています(図Zー6)。

消去法から行けばこの不明とされているもの(図Zー6上)は外側極部の部分的な前方転位(図36)に相当する可能性があります。外側極部の部分的な前方転位では、内側部の円板の受圧機能は保存されていますので、下顎頭の運動経路は基本的には正常な経路を描くはずです。しかし外側部の円板は前方へ転位していますので開閉口時には円板の乗り降りによる8字型の経路を描くと考えられます。ですからこの両者を合成すると、下向きに凸な円弧の基線に8字型の外側部の円板が乗りおりした部分が加わった図Zー6の上図のような全体に大きな8の字を描く曲線が出来上がります。

私はこれらの問題を明らかにするために、広島大学医歯学部の御厚意ににより、約180体の御遺体の顎関節の解剖を行わせて頂き、顎関節の肉眼解剖による病態分類や、解剖標本を用いた、関節円板の病態と下顎頭の運動経路の比較検討を行いました。そして私なりの結論を得ることが出来ました。

最初に戻る