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VI章:解剖顎的な顆頭安定位と臨床的な中心咬合位(Co)と
中心位(CR)の関係について(生理的状態と病的状態)

石原らによれば顎関節には顆頭安定位と呼ばれる構造的に安定した位置があるといわれています。とすれば、その位置の安定性をもたらす解剖学的な構造があるはずです。

形態解剖学的に、顎関節のおもな構成要素としては、下顎頭・関節窩・関節円板・下顎頭円板靭帯・円板後部組織・関節包・外側靭帯・外側翼突筋上頭などがあります。(図Yー1,Yー2,Yー3,Yー4)

機能解剖学的には、顎関節は他の関節と違って、回転運動だけでなく滑走運動も行い、構造的にもそれに適した構造になっています。つまり関節円板は下顎頭と関節窩の間に存在し、下顎頭の運動に応じて相対的に位置を変化させながら中央部で受圧することによって、回転運動と滑走運動という異なる2つの運動を可能にしています(図Yー5,Yー6)。そして、関節円板は、下顎頭の内・外側極部と下顎頭円板靭帯(関節円盤の付着部)で強固に結合しているために、下顎頭の上を回転しながらもその正常範囲を逸脱しないようになっています(図Yー3)。これらが正確に制限を加える、顎関節の靭帯構造ということになります。

これをもう少し詳細に述べますと、まず第1に下顎頭は外側靭帯によって頭蓋骨につり下げられていますので、前後的に一定範囲内で易可動性であり、重力で常に下方に引かれている為にその運動の軌跡は基本的に下向きに凸な円弧をなすであろうと思われます。第2に、閉口運動がいかに停止するかを考えてみます。関節円板は下顎頭の内・外側極部で強固に付着しており、下顎の開閉口運動に際し、関節円板はこの付着部を回転中心として相対的に回転運動をします。閉口運動の場合は下顎頭は後方に下がろうとしますが、顆路における円弧の終点においては関節円板は関節窩にすっぽりとはまりこむ構造になっているため、それ以上後方には下がりにくくなっています。この位置が本来の顆頭安定位と思われます(図Yー7・a)。

意識的に下顎を後方に下げると、下顎頭は円板の後方膨大部下関節面に沿って後ろに下がると考えられます。外側靭帯の許容範囲以上に後方に下がろうとすると、その力は円板と下顎頭を引き離す方向に働き、円板と下顎頭の付着部にかかってきます。その付着部が正常な場合、その力はさらに外側靭帯に伝えられ、下顎頭の動きは通常1.0〜1.5mm以内に制限されると考えられます(図Yー7・b)。

以上が下顎頭の動きを制限する靭帯の構造と機能ですが、関節円板の付着部が破壊されていたり弛緩していたりすると正確に制限を加えることができなくなり、関節窩内で下顎頭は後上方に偏位し、円板が前方に転位することになると考えられます(図Yー8)。

生理的状態においては、解剖学的な顆頭安定位と中心咬合位(CO)は一致すると思われます。従来の考えでは中心位(CR)は最後退位に相当しその再現性に高さからこの位置を機能位とすることが合理的とされる(ナソロジー学派)事がありましたが、現在ではこの考え方は改められ、顆頭安定位と同じ意味をもつようになりました。しかし、病的状態では関節円板の受圧作用や外側靭帯の牽引作用がうまく働いていないため機能的な位置を求める新しい方法論が必要と考えられます。以上の解剖学的知見より顎関節の病態を演繹学的に考察すると次のようになります。

下顎頭円板靭帯の破壊および伸展に伴い、関節円板の転位や変形が起こり、下顎頭が後上方に偏位し、円板後部組織が下顎頭によって圧迫をうけているという病態が考えられます(図Yー9)。

この概念によりますと、顎関節症の主要三徴候について合理的な説明が可能になります。すなわち、関節円板の転位や変形により、円板と下顎頭の運動の協調が阻害されるために、関節雑音や顎運動障害が起こり、円板後部組織などの軟組織が下顎頭により圧迫を受けて損傷されるために顎関節痛が起こると考えられます。

つまり、病理学でいうところの、すべて生理的機能は生理的構造にあり、病気はその生理的構造が失われた結果として表れるという事になります。しかし、生理的構造のある場合にすべて生理的機能が表れるとはいえず、筋筋膜疼痛機能障害(MPD)症候群等の概念はその例と言えます。

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