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V章:中心咬合位(CO)と中心位(CR)に関する
従来の考え方とその問題点について
(特に歯列・筋活動・顎関節の調和の観点から)

『歯の咬み合わせの焦点』という言葉からまず第一に思い浮かぶのは、Posseltの図形(図Xー1)やゴシックアーチ(図Xー2)だとおもいます。いずれにおいても切歯部の運動範囲の中でICP(咬頭嵌合位)で焦点を結んでいる事がわかります。この咬頭嵌合位はすべての運動の出発点でもあり、終点でもあります。また、歯が咬頭嵌合位のとき、顆頭は関節窩内で顆頭安定位にあると言われています(図Xー3)。

そしてICP=CO(中心咬合位)からCR(後方歯牙接触位)への後方移動に対して

顆頭点は(X→・)へと同様に後方移動します。(図Xー4)。したがって、切歯部と同様に、臼歯部や顆頭部においても、ICPやCOに相当する収束すべき点が存在するはずです(図Xー5)。しかしながら臼歯部や顆頭部においては文献的に詳細な研究が見あたらないのが現状です(この問題は本書で後に詳しく考察します)。顆頭の運動経路では顆頭安定位から前方へは関節結節にそって移動するので下向きの円弧を描きますが、後方へどのように移動するかが問題になります(図Xー6)。しかし、相似関係から考えると、顆頭安定位の位置は全運動軸上の最後方点から約1〜2mm前方の切歯路におけるCO(中心咬合位)に相当する幾何学的に相似な変曲点(運動の方向が変わる点)ではないかという見当がつきます(図Xー7)。この点の解明が『歯の咬み合わせの焦点』を考える場合重要なポイントになると思われます。

咬合は、歯・咀嚼筋・顎関節の三者により構成されています(図Xー8)。したがって、切歯路がICP(咬頭嵌合位)やCO(中心咬合位)といった1つの焦点をもつならば、閉口筋の活動も1つの焦点をもつはずと考えられます。タッピング運動の収束点である咬頭嵌合位相当点(IP)における咬筋、側頭筋前部、側頭筋後部の活動を基準として、各咬合位における筋活動を見た場合、前方位では咬筋が優位で側頭筋が抑制され、後方位では側頭筋が優位で咬筋が抑制されています。また作業側と平衡側では筋活動の非対称性が見られます(図Xー9)。咀嚼筋はそれぞれに、前突、後退、側方運動における役割を分担していますが(図Xー10)、閉口筋の筋活動には部位特異性があるように思われます。そして、咬頭嵌合位は筋活動においても、左右前後的に調和のとれた活動を示す1つの焦点を形成していると考えられます。具体的に健常者における、前方位、咬頭嵌合位、後方位におけるタッピング運動の閉口筋(咬筋、側頭筋)の筋活動では、前方位では咬筋優位、後方位では側頭筋優位の筋活動が見られますが、咬頭嵌合位では両者の調和した活動が認められます。

顎運動の神経機構については安井先生の稿に詳しく述べられていますが、簡単に考えますと、顎運動は基本的には、閉口反射と開口反射のスイッチングによっておこなわれていると言うことが出来ます。(図Xー11)。そして、筋紡錘、顎関節受容器、歯牙感覚受容器、口腔粘膜受容器等の感覚情報によりフィードバック制御されています(図Xー12)。

タッピング時の筋放電にみられるsilent period(SP)は、tooth contactにより潜時Lをおいて持続時間Dの間見られます(図Xー13)。silent periodより前の筋活動は閉口相を形成しますが、silent periodより後の筋活動は咬合相を形成します(図Xー14)。silent periodは顎関節受容器や歯牙感覚受容器のフィードバックによる閉口反射によって起こると言われていますが、顎運動中枢がこの顎関節や歯牙からの感覚情報を侵害刺激と判断しなければ引き続いて筋活動が発現し咬合相となり咬合力が発揮されます。しかしこれが侵害刺激と判断されれば負のフィードバックが働き筋活動の抑制が続き咬合力は発揮されず、顎関節や歯牙は保護されることになります。

以上の文献的検証から導き出されることは、どうやら『歯の咬み合わせの焦点』は存在するらしいという事です。そして、上下歯列・筋活動・顎関節はそれぞれが一体となって1つの焦点を形成し、それぞれの感覚情報がフィードバック回路を構築し、秩序ある調和を保っているのではないかと思われます。

現在の歯科医学の問題点は、顎口腔系の不調和をどう客観的に評価し、どうやって本来の調和した状態を回復するかという方法論にあると思われます。

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