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XIV章:初診から最終補綴治療までの実際

初診から最終補綴治療までの実際を紹介するにあたり、私の顎関節症患者に対する心構えについて先に述べたいと思います。

まず第1に、顎関節症患者を特別扱いしないことにしています。言い換えるならば、区別する必要はないと考えています。考えようによっては、毎日来院する患者さんのほとんどが顎関節症であるとも言えます。なぜならば、顎関節症とは、歯列、筋活動、顎関節の三者の不調和な状態であると定義出来るからです。この不調和な状態が原因で患者によっては症状が歯牙に出たり、歯周組織に出たり、あるいは顎関節や頭頚部にあらわれたりします。さらに、頭頚部や全身症状の大小はその人の頚椎をはじめとする脊椎骨の状態によって左右されることも私なりに分かってきました。以上の事実が明らかになった現在では、顎関節症の主要三徴侯を訴える患者を前にして、これは顎関節症T型だとか、この症例はV型だとか、分類することに重要な意味はないと考えています。ましてやスプリント療法だけで治療出来ると考えるのは大きな間違いだと思います。もっと普遍的な治療方法があると思っています。症状を訴える、訴えないでスプリントをするとかしないとかを決めることはとても合理的とはいえません。通常の歯科治療と顎関節症の治療に特別な差をもうけない方が歯科治療に統一性があって良いと私は思います。

第2に、歯科医が加害者にならないように気を付けています。これには2つの意味があります。1つは文字通り、歯科治療によって、患者固有の調和を壊さないということです。もう1つは、加害者にされないように心がけているということです。虫歯で大きな穴があいているにもかかわらず、全然痛まない人がいるように、顎関節に障害を持っていても症状を自覚しない人がたくさんいます。このような顎関節の不安定な人を治療した場合、その治療が発症の誘因になることがあります。しかし、あくまで顎関節の障害が主因と考えられますので、歯科医ばかりが責められるのは不公平だと思います。こういった事故を防ぐにはやはり、術前の客観的な診査が重要になります。以上の事をふまえて、私の行っている実際の診断から治療まで順を追って述べたいと思います。

1.診断と治療の再評価法(顎関節の整復と頚椎の整復を含む)

事故のない安全な治療には各ステージにおける再評価が大切になります。すでに紹介した症例と内容は重複しますが、典型的な症例の診断と治療の流れを見て頂きます。症例の患者は33才の女性で、来院時レジンスプリントを装着していました(図]Wー1写真B)。紹介医の話では、通常の治療方針に従ってスプリント療法を行った所、急性の開口障害と咀嚼障害が生じたため、当院を紹介したということでした。初診時の口腔内所見では、第2大臼歯のみ咬合している開口の状態を示していました(写真AB)。患者の主訴は「左後頭部に圧迫感があり、左頭部が重く、こめかみが圧迫されているような痛みと耳の中がズキーンと痛く、首すじから背中、腰にかけて筋が張って痛く、肩こり、腰痛、こめかみからくる頭痛がときどきあった。足のうらも中指から小指にかけて痺れたような、圧迫されたような感じがある。」でした。聴診にて関節雑音は著明で側頭筋、咬筋、外側翼突筋、胸鎖乳突筋、後頚筋、僧帽筋はいずれも圧痛が認められました。開口度は2横指でした。

以上の所見から見ますと、顎関節症の主要3徴侯を有していますので顎関節症ではあると思います。しかし、この症例を顎関節症の症型分類にのっとり、ロックや、クレピタスがあるから顎関節症V型かW型で、デイスクリキャプチャリングスプリントで治療するといった単純な考え方で対処出来るでしょうか。この患者の場合、実際にこのような対応で失敗しています。これまでの考察に従って、私は次のような診査を行いました。

(顎関節症の診査法について)

まず筋症状に対して、咬筋、側頭筋のタッピング時の筋電図をとりますと、側頭筋が優位で咬筋の活動は抑制されていました(写真C)。次に開口障害と開口雑音に対して、アキシオグラフによる下顎頭の運動経路描記を行いますと、両側とも開口時に関節結節を乗り越える所で運動障害が認められました(写真D)。これらの所見に前述の上下歯列の咬合異常を考え合わせますと、この患者には総合的に歯列・筋活動・顎関節の不調和が存在していることが明らかになります。診断学の定理により、症状(+)→病的→ 歯列・筋活動・顎関節の不調和の論理式が成り立ちますが、この患者はこの論理式と矛盾しない状態にあると考えられますので、顎関節症であるという診断が成り立ちます。このように、患者の訴える主訴を客観的な診査データで裏付けることが、インフォームドコンセントに大変重要になります。

以上の診断が成立しますと、治療学の定理、すなわち、歯列・筋活動・顎関節の調和→生理的→ 症状(-)の論理式が成り立ちますので、この診断に対する治療を矛盾なく行う事が可能になると思われます。

(顎関節症の治療法について)

実際に私が行った治療の順序は、

(1)まず、両側の顎関節の整復を行いました。その方法は例えば右顎関節の場合では同側の第2大臼歯部に割りばしを噛んでもらいピボットとして用いました(図]Wー2写真@)。この時に大切な事は患側の下顎頭を前下方に移動させながら反対側のオトガイ部に上向きに力を加える事です。顎関節の基本的機能の1つは外側靭帯の牽引作用ですからピボットをてこの支点にして外側靭帯が緊張するまで下顎頭を押し下げながら下顎を前下方に引くことで下顎頭と関節円板のゆ着をはがし関節円板の後方肥厚部を下顎頭がくぐり抜けることが出来、関節円板が復位します。ほとんどの場合この方法で開口障害は改善されます。この症例では関節円板が整復され下顎が前下方に移動したため漸間的に光重合レジン等で咬合の再構成を行いました。

(2)次にこの患者の場合、頭頚部の症状が大きいので上部頚椎をはじめとする脊椎骨の整復を行いました。まず、第1に頚椎のリフティング(押し上げ法)を行います(図]Wー3写真@)。頚椎のきょく突起の横に人差し指をあてて静かに上方にリフティングします(写真AB)。重力は左右均等に下方に引力を作用しますので、後方に偏位している方の指に力が加わり整復力が働きます。後頭骨からそのまま頚椎に人差し指におろして行くと第1頚椎にあたります(写真CD)。次に中指を加えて2本でささえますと人差し指が第2頚椎にあたります(写真E)。次に薬指を加えて3本でささえますと人差し指が第3頚椎にあたります(写真F)。第1及び第2頚椎の整復を行う時は「え〜」とか「あ〜」とか声を発生させると振動と筋リラックスの為に整復がスムーズに行われます。第3頚椎の場合はリフティングを行いながら大きく口を開けさせると緊張した後頚筋の左右均等な筋力により整復が行われます。続いて頭頂部から仙骨に向けて静かに圧力をかけます(写真GHI)。この時に重力のかわりに真すぐ押すという気持ちが大切です。関節というのは静かに圧力をかけると潤滑が獲得されて、すべりやすくなり機能的な位置に整位されます。この方法を構造医学では頭軸圧法と言います。リフティングを行っただけでは引っぱられた状態のままですので頭軸圧をかけて機能的な状態に回復させるわけです。

これらの方法は歯科医でもチェアーで頭頚部の診査を行いながら簡単に出来、しかも効果の高い方法です。この方法で不十分な場合は構造医学研究所で開発されたリダクター(整復器)(図]Wー4写真@,C)を用いると良いと思います。このリダクターには全柱用(写真@)と頚部用細密型(写真C)があり、前者は胸椎や腰椎の整復(写真AB)に、後者は頚椎(写真DE)に用います。その原理は両手の指を用いたリフティングと同様で、偏位した脊椎骨の椎弓にステンレス球をあてがい垂直に圧力を加える(写真G)と突出している方の椎弓に圧力が加わり両側の椎弓が均等に圧力を受けるまで椎体を中心に回転し(写真H)、整復されます(写真I)。これを用いるためには整復用のベットか椅子が必要ですがかなり正確に整復を行うことが出来ます。頚部は重要な所ですので、脊椎骨の中にある延髄下部や脊髄(写真JK)をイメージして慎重に行うことが大切です。

私は我々歯科医でも顎口腔機能に関連がある頚椎や脊椎においても顎関節と同様に整復することはその職務に含まれていると考えています。

上部頚椎を始めとする脊椎骨においてはこれらの方法でかなりの効果を上げることが出来ます。次に必要に応じて仙腸関節部の整復を行います。これには構造医学診断及び治療用椅子が必要になります。この患者の場合は右の仙腸関節に症状を認めましたので治療用椅子で右足をのばした治療姿勢をとらせその整復を試みました(写真LMN)。その結果、直立姿勢も改善し全身的な症状も軽減が見られました(写真O)。私は構造医学という学問でこのような方法を学びましたが自分で行うのはどうかと思われる方は専門家の協力を得て治療を進めるのも1つの方法だと思います。 

(3)こうして全体的な骨格の調整を行いながら、歯列、筋活動、顎関節の三者の調和のとれた咬合関係の回復を行ってゆきます。それらの結果として、治療学の定理による推論の通り、頭頚部の筋症状は消退し、開口障害や咀嚼障害も改善されました。顎関節の治療には少なくとも1〜2年はかかりますので、その間に、矯正を含めた上下顎の咬合平面の修正を行い(図]Wー5写真@AB),下顎神経の電気刺激により誘導された顎位を基準にして、咬合調整や添加を繰り返し、全体的に症状が消退し、安定化が認められた後に、術前と同じ方法で再評価を行いました(写真CD)。これらの所見によりますと、筋活動や顎関節は術前に比して調和した活動状態を示していることがわかります。このように筋電図やアキシオグラフ等により、生体の調和を確認しながら治療を進めてゆくことが、副作用を起こさない安全な方法であると思います。

また、最終補綴処置(図]Wー6写真@A)を行う場合、中心咬合位(写真BDE)と最後退位(写真CFG)の間の誘導が重要になります. 治療上で大切な事は、症状が消退したから治ったと診断するのではなく、あくまでも客観的な診査データが3者の調和した状態を示すまで治療を続けることです。そうしないと、一時的に症状が消えても、ちょっとした事で悪化することがあります。こうして全体的な調和が実現すると、その時々に応じた顎関節の整位や上部頚椎の整復により、長期メンテナンスが可能になります。

2.症状の緩解を目的としたソフトスプリントの作成

術者と患者の信頼関係が十分確率していない場合は、いきなり咬合調整等の咬合治療を行うと後になって問題が生じて来る場合があります。その為に私は実際に治療を始める前に、検査時に採得した治療顎位でソフトスプリントを作成しています。検査の第一回目は、筋電図による筋活動の診査と、MSBT method(下顎神経の電気刺激法による咬合採得法)によって得られた治療顎位の筋活動の正常化の有無に対する再評価を行います。治療顎位による筋活動の正常化が得られた場合(通常ほとんどの症例で正常化が得られます)は、その顎位で咬み合わせることで、主訴としている症状の軽減を体験します。そして自ら治療による結果を予測します。私はその延長線上にスプリントがあると考えています。咬合採得のあと両側の乳様突起(第2頚椎歯突起の目印となる)と切歯切歯を基準とした上顎咬合平面のフェイスボー採得を行い(図]Wー6写真@Aシリコンパテを用いている)、上下顎の研究用模型を咬合器にマウントします。

2回目の検査は、アキシオグラフによる下顎頭の運動経路の診査を行い、得られた治療顎位が目的とした本来の位置(運動経路の変曲点上)にあるかどうかを再評価します。その前準備としてアキシオグラフのクラッチを作成しますが、同時にソフトスプリントを作成しておきます(図]Wー7写真@〜C)。

作業用の咬合器(図]Wー6写真J)とゲルバーの咬合器(図]Wー6写真K)(コンデイレーター)はスプリットキャストで互換性をもたせてありますので、このゲルバーの咬合器で、中心咬合位(図]Wー8写真@A)からの前後側方運動(写真DE)の調整と、最後退位(写真BC)からの前後側方運動の調整を行っておきます。そうすると口腔内での調整はわずかですみます。

スプリントの材質は硬いものでもかまわないと思いますが、大切な事は、筋活動や顎関節と調和した治療顎位と前後左右にスムースな可動性を有する事だと思います(図]Wー7写真D中心咬合位E最後退位)。私はこの要件がスプリント療法の作用機度と考えています。この要件を備えたスプリントはスタビライゼイション機能と、前方整位機能も有しています。このスプリントを夜ねる前に装着してもらいます。そして朝起きた時の体調の変化を体感してもらいます。第3回目はコンサルテーションを行いますが、その時まで治療顎位で作成したソフトスプリントによる症状の改善を試してもらい、コンサルテーションの時にその効果を聞きます。ここで症状の緩解があれば患者は引き続き治療を望み、治療契約が成立します。しかし緩解が得られない場合は治療の同意が得られない事があります。最終的に治療を行うかどうかを決定するのは患者自身であることは、インフォームドコンセント(開示と同意)の基本であります。同意が得られない場合は、その後の治療を行わないのが原則です。しかし通常の治療法であるスプリントの作成は行っていますので、一応社会的責任は果たしていると考えられます。

3.可撒式のレジンスプリントからの固定式へ移行する方法

ソフトスプリントから一歩進んだ治療法として、可撒式のレジンスプリントから固定式に移行して行く方法があります。患者は治療顎位によるスプリントが効果がある場合は、その状態で咀嚼が可能になるように希望して来ます。なぜならスプリントをはずすことにより本来の顎位から病的な顎位に戻ってしまうことにより症状の悪化を体験するからです。もちろん効果のない場合は希望して来ません。また、顎関節の単なる外傷性の痛みの場合とか、治療によりclosed lockからreciprocal clickへ移行した場合などは、スプリントをはずしてもとりあえず痛みが再開しないのでスプリント療法だけで終える場合もあります(若い人に多い)。私は以前、このレジンスプリントを固定式に移行する方法をとっていました。これから顎関節症の治療を始められる先生方は、いきなりメタルスプリント等で咬合の再建を行うよりは安全な方法であると思います。

4.咬合の再構成は上下顎の咬合平面の調整から

私は治療の同意が得られた患者さんには、顎関節や頚椎の整復を行ったあと、咬合の再構成を行う際に咬合干渉になる部位をあらかじめ削除する咬合平面の調整(現在の咬合を維持しているセントリックストップは絶対削除しない)を行った後に、再度治療顎位を採得し、咬合面アンレーによるメタルスプリントの作成を行っています。この時点では、ソフトスプリントにより顎関節や咀嚼筋のコンデイショニングが行われている為に、より正確な咬合採得が可能です。

健常者においては、上顎切歯切端と両側の乳様突起(歯突起の目印)を通る平面に第1大臼歯までの頬側咬頭頂はそろっています。(カンペル平面に平行)(図]Wー10写真@〜C)。この上顎の頬側咬頭頂が基準の平面から著しくずれている(写真DE)と顎位を修正した場合干渉して咬合高径が高くなりすぎたりすることがあります(写真F)。このような場合この基準面にそろえることにより咬合高径を著しく上げることがなくスムーズに顎位を修正することが可能になります(写真G〜K)。

咬合平面の調整が終わると、メタルスプリントの為の治療顎位の採得を行いますが、ここで一般によく行われているドーソンのバイラテラル法について、私の考え方を述べたいと思います(図]Wー11)。通常日本で行われている方法は患者がチェアーに横になった状態で行われている(写真@〜B)ようですが、本来は椅子に座った状態で患者は背すじをのばした安静姿勢維持位を基準にして行う(写真D〜F)のがドーソンのオリジナルな方法だと聞いています。顎位の不安定なある患者に私が行った所、前者では下顎が後退した位置(写真C)に誘導されましたが、後者ではそれよりも前方の位置(写真G)に誘導されました。この結果から考えられることはチェアーに横になった位置では外側靭帯の牽引作用が働けないために重力によって最後退位つまり物理的な限界位に位置してしまうが、上体の直立した姿勢の場合は外側靭帯の牽引作用による下顎安静位を出発点として誘導を行うことが出来る違いがあることです。では、この方法が悪いのかというとそうではなくて、下顎位がしっかりして後方位と咬頭嵌合に差のない症例では差は出ません(写真HI)が顎関節症患者等のでは横になると重力により下顎が後退してしまう(写真JK)ので気を付けなければならないということです。つまり横にねた方法は顎関節症の治療顎位の採得法としてはあまり向いた方法ではないと考えられます。

私自身も顎関節症なのですが、やはり横になった状態で誘導してもらうと最後退位に誘導されてしまいました。この経験から顎関節症等の顎位の不安定な症例に下顎神経の電気刺激による咬合採得法を行うようになりました。現在は構造医学治療椅子において腰椎と頚椎の前弯をサポートした姿勢(図]Wー12写真@Aで全身の力を抜いた状態で行っています(写真BC)。頬側の−電極と後頚部の+電極の間には下顎神経がありますのでこの間に電流を流すと下顎神経の中の運動神経を刺激することが出来ます(写真DEF)。こうして得られた顎位は椅子に座って上体を直立させた状態でバイラテラル法で誘導した位置とほぼ同じ位置をとっていることがわかります(図]Wー11写真Kと図]Wー12写真G)。要はポツセルトの図形にあるように下顎安静位からそっと静かに閉じた位置をどうやって再現するかなのです。

5.メタルスプリントから最終補綴治療まで

咬合平面の調整を終えた患者さんは引き算を行った状態ですから、続いてメタルスプリントによる足し算を行います。このメタルスプリント法は、レジンスプリントからの移行法に比べ即効性があり、治療時間の節約に有効です。このメタルスプリントは一回作成すればそれで終わりかというとそうではなくて、治療が進んで顎関節が修復されてくると、咬合位が変化して来た場合は、再度再評価を行い、新たに治療顎位を採得して、足らない部分を足す必要が出てくる場合があります。極端に位置が変化することはまずありません。そしてこのメタルスプリントは簡単にはずせますので、必要な所だけはずしてやりかえればいいのです。

これから、実際の症例を通して与えるべき咬合面形態、咬合接触点や咬合誘導面について述べたいと思います。

症例は20才の女性で、開口障害の主訴で来院しました(図]Wー13)。クリック音の既往があり、以前公立の医療機関でスプリント療法を受けましたが効果が得られなかったのことでした。スクリーニングテストで右顎関節に運動障害が認められましたのでまず顎関節の整復治療を行いました(写真@〜E)。整復を行うとクリック音が再発し、開口可能になりました(写真FG)。アキシオグラフ所見では、関節円板完全前方転位復位型の運動経路パターンを示していました(図]Wー14)。治療顎位の採得は、まず開口させて関節円板が復位した状態で、下顎神経の電気刺激法により咬合採得を行いました(写真HI)。 

ソフトスプリントで約1週間経過を見た後、上下顎の咬合平面の調整を行い、新たに治療顎位の咬合採得を行いました。得られた治療顎位は前歯部で約1.5o咬合挙上されていました(図]W15−a)。咬合採得時の筋活動は偏位側の右咬筋の活動が著しく抑制されていました(図]W15−b)。治療顎位での再現法は良好で(図]W16−a)、筋活動も調和がとれている状態(図]W16−b)でした。そしてアキシオグラフ上での治療顎位の下顎頭の位置は習慣性の咬頭嵌合位の下顎頭の位置よりも両側において約1.5o前上方に位置していました。(図]W−17)この挙上量は前歯部と一致していますので、全体的に約1.5o前方に平行移動したことになります。筋電図とアキシオグラフによる再評価テストに合格したためこの治療顎位を採用することに決めました。この時におかしいと感じたなら納得が行くまで治療顎位の採得を繰り返す必要があります。治療顎位により約1.5o咬合が前上方に挙上されたため(この量は関節円板の前方転位により引き起こされた量である)メタルアンレーでその間隙を補綴しました。(図]W−18@〜G)この補綴を上顎のみとか下顎のみで行うと不都合が生じますので、上顎切歯と乳様突起(歯突起の目印)を基準にした基準面を参考にして上下歯列にメタルアンレーを作成しました。中心咬合位と最後退位での誘導はあらかじめゲルバーの咬合器で調整を行っておきます。そうすると口腔内においても中心咬合位(写真HIJ)と最後退位(写真KLM)の間の調整が安易になります。

顎関節における関節円板等の内部組織の治癒には少なくとも1年はかかりますのでその間に修正された顎位を保持しながら前歯部の歯列矯正を行いました。この矯正は必要に応じて行えば良く顎関節症の治療には必ずしも必要なものではないと思います。この症例では約1年の治療経過の後に筋活動dto顎関節の再評価を行いました所、筋活動パターン(図]Wー19)及び運動経路パターン(図]Wー20)ともに正常範囲に属していました。それから、初診時にメタルアンレーを作成したのと同じ要領でメタルアンレースプリントを最終的な補綴物にとりかえてゆきました。(図]Wー21写真@〜G)つまり通常の鹿治療における補綴処置と同じようにマージンの適合性やカウントアーに気を配った衛生的な口腔内環境を実現してゆくわけです。筋活動と顎関節に調和した歯列咬合を理解して頂くためにMMJ1E(6自由度顎運動測定器)で術後の顎運動データを測定し、咬合面形態、咬頭の展開角度、咬合接触点の運動軌跡等の触析を行いました。特に中心咬合位(写真HIJ)からの前後及び側方運動と、最後退位(KLM)からの限界運動との関連を中心に見て行きたいと思います。

中心咬合位からの側方運動(図]Wー22a)を見て見ますと、切歯部の運動軌跡は通常のゴシックアーチのようないきなり前側方への直線運動は行われずにまず後方もしくは側方への運動のあと前側方へ移動しています。この時に作業側の顆頭はまず後方へ移動して限界的な最後退位へ位置してそれから前方へ移動して中心咬合位の顆頭点に復帰しています。これに比べて最後退位からの側方運動(図]Wー22b)ではきれいなアペックスを形成しよく見られるゴシックアーチを描いています。このアペックスでは両側顆頭点が最後退位に位置しています。通常使われている咬合器は最後退位からの側方運動を再現することは可能ですが中心咬合位からの側方運動を再現することが出来ません。私がゲルバーの咬合器を改良して使用している意味をご理解いただけたと思います。ゲルバーの咬合器であればこの顆頭点の運動を模倣することが可能です。

中心咬合位からの前方運動と後方運動(図]Wー24)を見て見ますと下顎の前方運動の軌跡は切歯から第2大臼歯にかけて同様な角度を示していますし、その角度は前方顆路と同調しています。しかし後方運動の軌跡は前歯から大臼歯部にかけて、次第に緩やかになり、スピーカーブにそった方向性をもっています。

つまり前方運動に関しては前歯からの誘導を行っているが後方運動、においては大臼歯ではなく小臼歯が行っているということです。これらの所見は第X章で考察したポッセルトの図形やゴシックアーチにおける咬合の焦点の存在を歯列咬合や顎関節からも裏付けるものとなります。幾何学的に歯列咬合と顎関節は完全に調和しているものだということがわかられたと思います。ですから矯正治療などで発育期に第1臼歯を抜歯する危険性や咬合調整時に中心位の早期接触の除去と称して小臼歯の誘導面を削除する危険性は声を大きくして唱えても唱えすぎるということはないと思います。これは顎関節症治療においても同じ事が言えます。

上下顎の水平面運動軌跡(図]Wー24)を見て見ますと、中心咬合位から出発する側方運動には前後左右に約1oくらいの幅を有していることがわかります。私はこの幅は生体が有する安全率だと思っています。従来この幅はイミディエイトサイトシフトとして観察されています。下顎に対する上顎の動きを見てみますと、その動きの軸は第後頭孔の中心付近にあるように見えます。MMJIEのデータでは第後頭孔の中心付近に不動点の存在が認められました。これは頭蓋骨の側方回転運動の軸が歯突起であることを考えればあたりまえのことかもしれません。

顎運動の三次元解析(図]Wー25)を行ってみますと、実際の解剖学的な咬合面形態は三次元的な顎運動軌跡とよく調和していることがわかります。

上顎の図は臼歯部は閉止点(セントリックストップ)となる下顎近心咬頭頂の動きを表していますが、咬合面形態における隆線と溝はその動きとよく調和しています。そして後方運動時に小臼歯の舌側咬頭の近心内斜面に誘導面の存在が認められます。また前頭面の運動軌跡は、臼歯部の近心小窩と咬頭の展開角の関係を示しています。小臼歯から大臼歯にかけて頬側の展開角がゆるくなっています。上顎の頬側咬頭頂(第2大臼歯と側切歯を除く)は上顎中切歯切端と乳様突起(歯突起の目印)を結ぶ平面上にほぼ接していますので、この展開角に調和させるためには上顎の近心小窩は第1小臼歯・第2小臼歯・第1大臼歯の順に咬合平面に対して高位になければならないことになりまう。その結果として近心頬側咬頭頂は犬歯・第1小臼歯・第2小臼歯・第1大臼歯の順に低くなりスピーのカーブを形成します。これらは実際の解剖学的形態と一致しています。前歯部は下顎切端の運動軌跡を表していますが舌側面もよく調和した形態をしています。

下顎の図は臼歯部は上顎舌側咬頭頂の動きを表していますが、上顎と同様に隆線と溝はその動きとよく調和しています。そして後方運動時に小臼歯の頬側咬頭の遠心内斜面に誘導面の存在が認められます。上顎とは逆に小臼歯から大臼歯にかけて頬側の展開角が急な角度になっています。これは上顎の舌側の展開角が奥に行くほど急になっていることに対応しています。逆に舌側の展開角は奥に行く程ゆるくなっていますが、これは上顎の頬側の展開角に対応しています。前歯部は中心咬合位での接触点の運動軌跡を示していますが、下顎前歯厚側面はその動きを阻害しない配列になっています。

以上の観察からわかることは、下顎運動の軌跡は前歯部から臼歯ぶそして顎関節へと微妙に変化しながら連続時に移行していることです。例えば右の頬側運動の軌跡は左の舌側運動の軌跡にそのまま移行しています。逆に右の舌側運動の軌跡は左の頬側運動の軌跡に移行しています。つまり上下顎歯列の咬合面はすべからく移行的に連続するのが望ましいということになります。

(付)スプリットキャストを用いた中心咬合位と最後退位の咬合器上での再現法

 ゲルバーの咬合器を用いなくても普通の咬合器で中心咬合位(図]Wー26写真@)と最後退位(写真A)を再現する方法があります。まずスプリットキャストを用いて中心咬合位のバイト(写真@)で咬合器に模型をマウントします(写真B)。次に下顎の模型をはずしてスプリットキャスト地にワセリンを塗ります。次にマグネット(スプリットキャスト板に付属している)をつけます(写真D)。次に維持用の金属板をくっつけます(写真E)。そして最後退位のバイトで新たに模型をマウントします(写真F)。これで中心咬合位を再現するスプリットキャスト板と最後退位を再現するスプリット板の2種類が出来たことになります。この症例は下顎のプロビジョナルクラウンを用いて咬合採得を行いましたがこうすることによりプロビジョナルクラウンで達成した中心咬合位の咬合関係(写真HI)と後方運動の小臼歯部の誘導面(写真JK)を最終補綴物に移行することが可能です。この方法は中心咬合位を最後退位の差の大きい症例の有効です。

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