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XIII章:やわらぎ顎関節モデルを用いた筋活動と顎関節に調和した
上下歯列の咬合関係と実際の正常咬合モデルについての比較

顎口腔系の構成要素である、上下歯列・咀嚼筋・顎関節はそれぞれが単独に存在するのではなく、上顎成分としての上顎歯列・咀嚼筋の起始部・関節結節及び関節窩と、下顎成分としての下顎歯列・咀嚼筋の停止部・下顎頭及び関節円板として、一つの機能単位と考える事ができますので、上下歯列・閉口筋・顎関節の三者により構成したやわらぎ顎関節モデルで、正常モデルと異常モデルの咬合状態を表現すると次のようになります。

正常モデルでは、咬筋に相当するゴム輪と側頭筋に相当するゴム輪の合力により、下顎は全体として前上方に牽引され(図]Vー1・a)、顎関節においては下顎頭は関節円板の中間部を介して関節結節後方斜面に相対し(図]Vー1・b)、その顆頭安定位において上下歯列は、上顎同名臼歯に対して下顎臼歯が近心に対合する正常咬合の状態として表現されます(図]Vー1・a)。

それに対し異常モデルでは、咬筋の活動の抑制された側頭筋優位の閉口筋の活動状態を、咬筋に相当するゴム輪を取りはずした状態で再現すると、側頭筋に相当するゴム輪により下顎は全体として後上方に牽引され(図]Vー2,a)、顎関節において下顎頭は関節円板後方肥厚部下関節面を後方滑走し後方偏位を、円板の付着部は下顎頭外側極部より前方移動し関節円板は前方転位を示し(図]Vー2・b)、その最後退位において上下歯列は、上顎歯列に対して下顎歯列は遠心咬合を示す状態として表現されます(図]Vー2・a)。

健常者の歯列は本来、咀嚼筋の筋活動と、顎関節等の靭帯構造に調和した構造になっていると考えられますので、3次元的な咬合モデルとして、ある実際の健常者を正常モデルとして咬合接触状態を観察してみたいと思います。

正常モデルの研究用模型を用い、前後運動に対する歯牙誘導を観察しますと、最後退位から咬頭嵌合位にいたる過程において、上顎小臼歯舌側咬頭近心内斜面と下顎小臼歯頬側咬頭遠心内斜面を誘導面とした誘導が見られます。咬頭嵌合位から前方位にいたる過程においては、上顎切歯舌側面と下顎切歯切端唇側面を誘導面とした誘導が見られます。(図]Vー3,8)。作業側側方最後退位から咬頭勘合位においては、上顎犬歯舌側近心面と下顎犬歯切端遠心唇側面を誘導面とした誘導に加え、小臼歯の誘導がみられます(図]Vー4)。

咬頭嵌合位の歯牙接触点を観察すると、小臼歯では上顎小臼歯近心辺縁隆線に対して、下顎小臼歯頬側咬頭頂が閉止点(垂直接触)をなしており、上顎小臼歯舌側および頬側咬頭近心内斜面に対し、それぞれ下顎小臼歯頬側咬頭遠心切縁内斜面と頬側外斜面とで平衡点(斜面接触)をなしていました。

大臼歯では上顎大臼歯近心辺縁隆線に対し、下顎大臼歯近心頬側咬頭頂が閉止点をなしており、上顎大臼歯近心舌側および頬側咬頭内斜面に対してそれぞれ下顎大臼歯遠心頬側咬頭内斜面および外斜面が平衡点をなしていました(図]Vー5,図]Vー7)。

咬合彎曲を観察すると、上顎歯列では前頭面点に第一小臼歯はアンチモンソンカーブ、第二小臼歯は水平、第一大臼歯はモンソンカーブ、第二大臼歯はやや強いモンソンカーブを示し、矢状面的に切歯から第一大臼歯にかけてはフラットなオクルーザルベースラインを示し、第一大臼歯から第二大臼歯にかけて調節彎曲が認められました。下顎歯列では前頭面的にモンソンカーブを、矢状面的にスピーの彎曲を示していました(図]Vー6)。

ギジーは顎運動の観察を行い軸学説を提唱していますが(図]Vー10)、咬頭嵌合位より前方運動においては前方歯牙誘導と前方顆路とでProp.A.軸を、咬頭嵌合位より後方運動では後方歯牙誘導と後方顆路とでRetrop.A.軸を、開閉口運動ではO・A軸を運動軸とした作図がなされています。これらの運動軸は咬頭嵌合位からの運動の初期のベクトル方向の法線の交わった点ですから運動の中期や後期には変化してゆくと考えられます。しかしこの図から明きらかになる事は咬頭嵌合位からの前方運動と後方運動にははっきりとした運動の方向転換があることです。これは側方運動の顆路の拡大図でもはっきりと見ることが出来ます(図]Vー9)。また2つの注目すべき点があります。下顎の歯列の咬頭頂をむすんだSpee Curveは顔面骨の応力の中心点である前頭部にSpee Centerを持っています。また上顎歯列の頬側咬頭頂を結んだOcclusal Planeは開閉口の運動軸0.A.の近くを通っています。この位置は解剖学的には頭蓋骨の運動の支点である歯突起の位置にあたります。つまり開口の開始時と終末時とでは上顎骨の運動軸と下顎頭の運動軸が一致することになります。これは力学的にみて合理的と考えられます。これらの要件は第V章で考察した事柄を実際に観測して表現したものに他ならないと考えられます。この時代にすでに見抜いていたギジーの慧眼にはただただ敬服するばかりです。

またゲルバーは咬頭嵌合位からの後方運動を再現するためにゲルバーの咬合器(コンデイレーター)という咬合器を開発しています。レバーの操作により中心咬合位と最後退位の両方が再現できるようになっています。

私はこの偉大な先達に学びつつさらに発展させ行くべき努力していくことが歯科医学の進歩につながると考えています。

(付) 上下歯列の顎関節の保護作用について

実際の正常咬合モデルにおいて、小臼歯部に後方運動における誘導面があることを見てきましたが、私が解剖を行わせて頂いた中に上下歯列の顎関節の保護作用を思わせる事例に出会いました。両側の顎関節に関節円板の前方転位が見られました。 右顎関節はその構造の破壊が進んでいましたが、左顎関節には新たな関節円板様の構造のリモデリングがが見られ顎関節の機能が保たれていました。構造の破壊が進んでいた右側の歯列は下顎第2小臼歯が舌側へ転位し上顎に対して下顎が遠心へ咬合しており小臼歯部の後方誘導がありませんでしたが、代用の関節円板が見られた左側の歯列は上顎に対して下顎が遠心に咬合しており正常咬合モデルと同様な小臼歯の後方運動における誘導が見られました。この事例から

中心咬合位から最後退位への上下歯列の誘導面が顎関節の保護の為に有効であることが示唆されました。

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