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XV章:構造医学と顎関節症

私と構造医学の出会いは必然的なものでした。というのは顎関節症を治療しようとして咬合治療を行ったにもかかわらず良くならない患者が存在したからです。それで顎関節のみならず頚椎や脊椎の整復治療も必要と考え吉田勧持先生の門下に入ることに決めました。

ある時期学会発表の為に、150名の症例分析を生理的咬合の判定基準を用いて行いました。その結果、症状(顎関節症の主要三徴候)を訴えた90名全例に、歯列、筋活動、顎関節の三者の不調和が見られました。症状を訴えなかった60名の内でも38名に不調和が見られましたが、22名は三者の調和が見られました。この結果は、症状を訴える人に三者の調和のとれている人はいないという集合を表しています。つまり診断学の定理に矛盾しない結果です。そして、下顎神経の電気刺激に誘導された顎位を指標にして顎位を修正し、三者の調和を計った83名の内80名に症状の消退を見ました。しかし残りの3名はなかなか症状が消退しませんでした。これは治療学の定理に矛盾します。そこで構造医学で学んだ脊椎整復を試みた所、著効を見ました。それからは、顎関節の整復と同時に上部頚椎の整復を行うようにしています。

この度、吉田先生から構造医学の基礎研究課程の認定証を頂きましたが、構造医学は広大で私のような者がその概観を述べることは容易ではありません。そこで顎関節に関係のある生体潤滑理論と、ウエイト・ベアリング(体重軸受、仙腸関節部)の非荷重要素(潤滑不全)と下顎の偏位の関係について若干の考察を行いたいと思います。

吉田先生はその著書で「構造医学の原因論は、この動の構造安定性を破壊する要素(人体の生理状態の破壊を意味し病的状態で表現される不都合を惹起する要因)を確認する上で極めて大きく役立つものであり、これらは構造医学的な臨床データや観察結果が生命科学の大きな領域に影響することを示唆し、ここで得たデータ解析は、現在一般の体系の中で常識化されてきたものと正反対の内容をもつ場合のあることが予想されるのである。そして構造医学の原理の中で最も大事なことは動的安定性の破綻が非荷重要素、いいかえれば非重力状態(人為的、自然界、事故などの諸要素)によってもたらされ、生理要素を失調させること、つまり人体は正常重力下で生理状態を保っていることが発見できたことにある。構造医学の原理の導入によって現在医学的症候とされる約2万もの疾病を整理し、現時点で、2千程度とされる解決疾患を越えて十分に対処する発射台としての道が開けてくることを願うものである。」と述べています。私もこの考え方に触発され、歯科医学を重力を出発点として考察し、下顎運動の基本は、外側靭帯の牽引作用による下顎頭の振り子運動であることを発見しました。この振り子運動がスムーズに行われる為には関節窩と関節円板と下顎頭の間の潤滑が大切になります。つまり関節面に摩擦があると摩耗や熱が発生して構造の破壊がおきてしまうからです。

構造医学では構造の破壊をもたらす摩耗をその原因から3つに分類しています。

1)機械的摩耗(運動エネルギーの熱度換によるものやキズ等による局所摩擦増大による)

2)生化学的摩耗(感染、免疫失調、薬物)

3)メカノケミカル摩耗(機械的作用と化学的作用とが競合して生じる摩耗)

特に機械的摩耗は、(1)許容摩耗(生物学的許容限度内の軽徴な摩耗)、(2)破断摩耗(荒さ突起が相手面に圧着された状態で運動が強制され生じる)、(3)アブレシブ摩耗(2面の硬さの差が臨界値を越えると、硬い方が荒さ突起が剛性突起となって相手面に食い込み生じる)、(4)疲れ摩耗(疲れ応力が摩耗面の表面層に働く時に生じる)、(5)エロージョンの5つの種類に分類することが出来ます。さらに疲れ摩耗には)ピッチング(ひびわれ)と)剥離の2種類があり、又エロージョンにも)ゼネラルエロージョン(流体中の固形粒子によって生じる摩耗)、)キャビテーションエロージョン(液体中の気泡が衝撃により断熱圧縮を受ける際の高温および高圧によって固体表面に生ずる微細破壊の累積による虫喰い状の疲れ破損)2種類があります。そして関節円板前方転位等の関節のルーズニングは、キャビテーション(気泡)を発生させ易い条件をつくりますので注意が必要です。

生体の関節ではこの摩耗を引き起こす摩擦を防ぐために流体潤滑機能を有しています。そしてそれは動力学的なものと静力学的なものがあります。動力学的流体潤滑は、非接触状態の2面で圧力流体を形成することから、内部圧力潤滑とも呼ばれます。流体圧の発生の為には)くさび膜効果(流れの方向に流路が狭まる、あるいは向かい角の原理による、)絞り膜効果(二面間隙の近寄りにより生じる)、)ストレッチ効果(流れ方向に前方ほど流速が遅くなることによる)のいずれかによるしかなく、特に例外を除いてストレッチ効果は無視できるほど小さいといわれています。一方、静力学的流体潤滑は、摩擦面の外部で、関節機能ポンプ作用(予圧器として、フォルクマン管、ハバース管、骨細胞、関節軟骨が考えられる)により圧力流体を作り軸受けに供給するシステムで外部圧力潤滑とも呼ばれています。(図]X−1)

生体潤滑の構成要素は、関節軟骨、滑膜、滑液の3つがあります。関節軟骨は硝子軟骨で基質の主成分はコンドロイチン硫酸で弾性があり、圧迫すると薄くなり、除去するとゆっくり元の厚さに還る性質を有しています。滑膜の一番の特徴は、関節腔近傍に分有する毛細血管のネットワークで、これが滑液の生成、循環給液産生機構に直接作用しています。滑液はヒアルロン酸の他にムコ多糖体を含んでいます。この滑液に圧力が加わることにより圧力流体となります。液体に圧力が加わると分子がコロのような働きをするため(分子コロ効果)摩擦係数は非常に小さくなります(滑膜性関節では約0.001程度)。現在の天体望遠鏡もこの原理で作動しており、薄いオイルの膜の分子コロ効果により小さなモーターであの大きな望遠鏡を動かすことができるようになっているそうです。(図]X−3)

ここまでの考察でわかることは、関節は滑液に均等に圧力を加えることにより有害な摩耗を生ずる摩擦を防ぐ潤滑を獲得しているということです。ですから関節がルーズになっていたり適切な力が加わらないと摩擦が生じやすく障害がおこりやすくなると考えられます。この事はガラス板の間にゼリー状の液体を狭んだ場合、上からの圧力を加えた方が圧力を加えない場合よりはるかにすべりやすいという実験結果から容易に理解されます。(図]X−2)

以上生理潤滑の条件をまとめると、

1)生理的重力下での加圧機構

2)潤滑場の平行(動力学的、静力学的)(ここで動力学的には場の平行化への過程を含んでいる)

が挙げられます。

構造医学では関節軟骨の破壊された状態で、通常の免荷措置をとらずに、生理的重力下で生理的運動を行わせ、破壊された硝子軟骨に変わる線維軟骨のような抗重力組織の生成に成功しているといわれています。そして、局所に対する熱エネルギーの発生の対策(氷冷による冷却療法)と、修復素材(栄養も含む)の供給をはかり、このような反応系(治癒の起点)を活性化させる事が大切であると述べています。

人体の直立は、正確には静止状態ではなく不断の動きが内在し、観察によれば頭頂の動揺は周期性を示しています。頭頂の動揺は諸関節筋群により補償されていますが、特にその作用が最も強いのは下腿ヒラメ筋であり、これらは伸筋であり抗重力筋と呼ばれています。直立姿勢制御は上位中枢の統合機能のみならず人体バランサー機構上、体液、内臓器も偏位し、これに関与しています。これを構造医学では抗重力平衡機構と呼びます。

骨盤は機構上はずみ車の役目をしていますがこれを通常寛骨フライホイールと言います。寛骨フライホイールは、位相差のあるクランク軸回転運動を形成し進行方向に対する直角方向への指向性軸効果をもち、これを構造医学では二足ジャイロと呼びます。又、二足ジャイロが機能する際、随液還流に係わる仙骨揚水ポンプ作用を促進することになります。仙骨の自動的うなずき運動は12秒間に1回、1分間に約5回程度と言われています。脳脊髄液の環流には血液における心臓のようなポンプがないため、この仙骨のうなずき運動は重要になります。

脊柱における、頭頚移行部、頚胸移行部、胸腰移行部、腰仙移行部は構造医学では4つの水平安定器と考えられており、頚胸移行部を第2ベース、腰仙移行部を第1ベースと呼びます。これら2者はそれぞれ腕神経叢、仙骨神経叢の分岐する部位となっています。特に腰仙移行部は左右方向には髄核が支点となり水平安定器となりますが、前後方向には仙骨揚水ポンプの機構上、機能境界は変わります。仙腸関節の主要な働きは荷重応力(重力)や衝撃に対する動力学的機構であって、体重軸受(WB)機構と考えられています。(図]X−4)

以上が構造医学を理解する上で重要な項目の簡単な解説ですが、次に構造医学の症例解析を通じて、全身症状と下顎偏位の関係について見たいと思います。

患者データー

この既往歴と、自覚症状パターン図(図]X−6)から、構造医学診断パターン図(図]X−7)が作成されます。

構造医学の特徴的な所は重力軸に対する脊椎骨や仙腸関節の偏位(潤滑不全や非荷重)と疾病との関係を明らかにした事にあります。例えばこの症例の右耳の耳なりとAXRPという項目がそうです。AXは第2頚椎の略でRPは右後方偏位の略です。この部分は椎骨動脈の通る所ですので第2頚椎等の上部頚椎の整復で血流の改善により耳なりが良く改善されます。次に小学時代の血尿と中学時代の腎孟腎炎と左Asの(非荷重)関係や、大学時代の不整脈と右Astの(外傷による非荷重)関係が上げられます。剣道では右足で踏み込むため左足が引き抜き作用をうけ非荷重が発生しやすくなります。つまり右の仙腸関節(W・B)には圧力がかかるために潤滑は獲得されますが左の仙腸関節には潤滑不全がおこります。(図]X−8)すると重心が右に移動するため、体液や内臓器の偏位も発生します。この偏位が左側の場合には泌尿器系疾患と関係があると言われています。また高校時代に右膝を強打し、右の仙腸関節が外傷性に潤滑不全を起こしたと考えられますが、この右の非荷重は心疾患と関係があると言われています。これらの因果関係は十分に分かっていませんが統計的には十分に相関関係が得られているとされています。

さてこれから歯科に関係のある左右の顎関節のクリック音の説明に入ります。左のクリック音はLC3-P(C3は第3頚椎、Pは後方偏位)と関係があります。下顎骨の内側には舌骨が存在しますがさらにその内側には第3頚椎が存在します。これらはお互いに相似的な関係を保っていますので、第3頚椎が後方に偏位を起こすと、続いて舌骨と下顎骨が同様に偏位します。構造医学では第3頚椎の内部にある下顎骨の支配栄養血管神経の障害によって異栄養化(アトロフィー)が進行してクリックが生じると考えられています。そして反対側の右側では顎関節に間隙が生じキャビテーション・エロージョンが発生しクリックが生じると考えられています。

この構造医学的な解釈と矛盾しない顎関節の病態から出発した考え方も存在します。通常左側の仙腸関節の潤滑不全(L-AS、左非荷重)が生じた場合(図15ー8b)、右側の第3頚椎の後方偏位(R-C3P)が生じると言われています(図15ー9)。言い換えると、重心が右に偏位すると第3頚椎が右後方に偏位し、さらに舌骨と下顎骨も同様に右に偏位することになります(図15ー10、11)。これは仙腸関節(W・B)を中心とした考え方ですが、もし右顎関節で関節円板が前方転位し下顎骨が右に偏位したと仮定しますと頭部の重心が右に偏位するために体重心も右に偏位し、左に非荷重が発生することになります。本書の症例3,8,11はいずれも下顎は右に偏位していましたが、その姿勢は構造医学の左非荷重の姿勢と同様な形をしていました。この歯科的な考え方からすると、第3頚椎偏位側のclickは関節円板前方転位により、又反対側のclickは関節のルーズニングによることになります。

我々は歯科医ですので顎関節を中心とした解釈の方がわかりやすいのですが、いずれにしても顎関節症の治療の為には、顎関節の整復や咬合治療と供に、上部頚椎や脊椎骨、及び仙腸関節の整復が有効であることがよく分かられたと思います。実際に私の臨床でも、上部頚椎の整復による耳なりや耳痛の減少又は消失、開口障害の減少はよく経験することですし、下顎の偏位の修正による姿勢の改善や頭痛、肩こり、腰痛の減少又は消失もよく経験します。

顎関節症における全身症状と咬合の関係をただ単純に結びつけるのではなく、体重心の移動(非荷重や潤滑不全)による体液や内臓器の偏位や、上部頚椎の中に存在する延髄下部や脊髄を介して起こると考えるならば、生理学的にも咬合と全身症状の相互関係は理解可能であると思われます。ですから、我々歯科医も整形外科学や構造医学を十分に勉強して理解を深める必要があると思われます。

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