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XI章:顎関節の病態解剖を基にした、
顎関節症の臨床的分類と診断基準

この章では顎関節の臨床的診断方法について述べます。

顎関節のスクリーニングテストとして

1.触診で疼痛があるか

2. 関節雑音があるか

3. 開閉口・側方・前方運動制限があるか

4.運動時疼痛があるか

の4つが考えられます。(図]Tー1写真@)

 まず術者が顎関節部に指をあてて圧痛の有無を調べます(写真A)。次にオトガイ結節を後方に押して圧痛の誘発の有無を見ます(写真B)。そして患者自身にどういう時に痛みを生じるかを示してもらいます(写真C)。ここまでで顎関節の関節に障害があるかないかが見当がつきます。多くの場合は円板の後部組織が下顎頭により圧迫されて、痛みを発しています。そして耳の方にも痛みを有することがあります。関節雑音の聴診では関節円板等の器質的変化が推察されます(写真D)。関節円板の転位などで下顎頭の滑走運動や回転運動が阻害されると切歯部の運動量の減少が認められます。通常正常である場合最大開口量は48o(写真E)、前方運動量(写真F)と側方運動量(写真G)は10oくらいの事が多いようです。

 このスクーリングテストを行いますと顎関節症の主要三徴候の有無がわかりますので、左右どちらの顎関節が障害されているのが診断されます。続いて経頭蓋X線撮影(写真HI)やパノラマ撮影を行いますと下顎頭の変形の有無や下顎頭の位置異常がおおよそ見当がつきます(写真J〜O)。

 日常臨床において、アキシオグラフを用いた下顎頭の運動経路の測定(図]Tー2)やX線学的な所見により同様な8つのグループに分類されます(図]Tー3)(表(]Tー1,2)。この分類法4つの分類要素により成り立っています。

1関節円板の転位の有無

2関節円板の転位の程度(外側部、中央部、全体)

3転位円板の復位の有無 

4病変の骨組織への波及の程度(急性および慢性)

III、IV、V章で関節円盤の病態分類と幾何学的な運動経路の関係を考察しましたが、この考えを応じて臨床における8つのグループの病態を考察すると次のようになります。

1.下顎頭の運動経路異常、顎関節雑音、顎関節痛等が見られない

GroupIは構造的正常(正常または顎関節症I型,II型,V型)(相当する顎関節学会の分類)

2.通常の開閉口では顎関節雑音が見られないが、咬頭嵌合位の下顎頭の位置が運動経路上の顆頭安定位の位置より後方にあるGroupIIは中央部部分円板前方転位(顎関節症I型,II型,III型)

3.開閉口時にクリックが認められるが、前方、側方運動などでは認められず、開閉口時の下顎頭の運動経路が半円形を基線とした全体に大きな8の字形を示し、多くはopen late click,close late clickのGroupIIIは外側極部の靭帯組織の可逆的弛緩による復位を伴う外側部部分円板前方転位(顎関節症III型)

4.開口障害が認められるが、前方及び側方滑走運動時の下顎頭の運動経路に障害の見られないGroupIVは外側極部の不可逆的弛緩や円板の変形により外側極部の円板の復位は妨げられた転位を伴わない外側部部分円板前方転位(顎関節症III型)、

5.前後運動、開閉口運動、側方運動ともにクリックが認められ、開閉口時の運動経路が、半円形に開口初期と開口後期とで発生する小さな8の字を加えた形状を示し、多くはopen early click,close late clickのGroupXは内側極部まで及んだ靭帯組織の可逆的弛緩による復位を伴う完全円板前方転位(顎関節症III型)

6.開口障害が強度で、前方及び側方滑走運動時の下顎頭の運動経路を障害されているGroupVIは靭帯組織の全面的な不可逆的弛緩や円板の変形により全体的な円板の復位を妨げられた復位を伴わない完全円板前方転位(顎関節症III型)

7.顎関節X線写真で下顎頭や関節結節の骨融解像や変形像を示し、下顎頭の運動障害や疼痛を有するGroupVIIは円板に穿孔をおこし炎症が関節の骨構造まで波及した急性の変形性顎関節症(顎関節症IV型)

8.顎関節X線写真で明きらかに下顎頭や関節結節の変形像を示すが、骨融解像、疼痛や下顎頭の大きな運動障害を有さないGroupVIIは治癒又は慢性化した変形性顎関節症(顎関節症IV型)、という8種類のグループに分類することが出来ます。

 IX章で考察したようにこの分類の中で、部分的円板前方転位と完全円板前方転位の鑑別診断は基本的に重要になります。なぜなら、下顎頭からの圧力を受ける内側極部の円板の機能が保たれる部分的な転位では、最大限の受圧能力を有する顆頭安定位と咬頭嵌合位の運動経路上の位置は連続性を示すのに対して、内側極部の円板の受圧機能の失われた完全な転位では咬頭嵌合位の下顎頭の位置は運動経路上において顆頭安定位と明らかな不連続性を示すからです。(図]Tー4,5)。したがって、完全円板前方転位の場合は円板の復位した最大開口から静かに閉じていって治療顎位を採得する必要がありますが、部分的円板前方転位の場合はその必要がない事を念頭におくことが治療において大切であると考えられます。

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