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はじめに

顎関節症は他の歯科疾患と違って、疾患自体がはっきりと目に見える形をとらないため、予知性のある治療が困難な疾患のひとつです。また、Life cycleによって発現の様相の違いが見られます。その為、試行錯誤的な治療が行われがちですが、それでは今日言われているインフォームド・コンセントを十分に得ることは出来ません。

現在の状態から将来を予知するためには、ある一定の法則性を前提とする必要があります。私はアインシュタインが「光速度不変の原理」と「慣性質量と重力質量の当価原理」から相対性理論を導き出したのと同じ思考方法を用いて「生命あるものは新陳代謝をする」や「くり返し加わる力、感染、栄養障害により新陳代謝は阻害される。」といった生命科学の根本原理と考えられる前提から、顎関節症について共通な法則性を考察してみました。そして生理咬合系の構成要素である、歯列・筋活動・顎関節の三者について、顎関節症患者の歯列模型分析、アキシオグラフによる下顎頭運動経路と閉口筋の筋活動の関連性について検討を加え、更に、広島大学医歯学部において約180体の御遺体の顎関節の解剖を行わせて頂きました。

その結果、顎関節症は、歯列・筋活動・顎関節の三者の調和が壊れた状態であり、患者自身の閉口筋の筋活動と顎関節の生体力学特性を応用した、下顎神系の電気刺激法による咬合採得法で顎位を修正し、三者の位相の調和した生理咬合系を確立することにより、予知性のある治療が可能であることがわかりました。

矯正や咬合の再構成を行い、最終補綴治療を行った私の顎関節症の治療経験は今だ200例余りですが、すべての患者さんは潜在的な治癒能力を発揮し、約95%の治癒率を示しました。私自身、顎関節症の症状で悩んでいましたが、この方法で治療を行い、現在その悩みから解放されています。

顎関節症は別名顎機能障害とも言われるように様々な顎機能の障害を伴います。ですから顎関節症の理解の為には顎口腔系の生理的機能にたいする知識が不可欠になります。この本では顎機能の基礎医学的理解の為に島根医科大学の安井幸彦教授(解剖学第二講座)に「顎運動の神経機構」という題で執筆して頂きました。私は臨床医の立場から顎口腔系の構造と機能障害について述べるつもりです。

安井先生と私とは、広島大学歯学部の同級生にあたります。学生時代は共に解剖学教室に出入りし、学んだ仲です。私は学生時代から解剖学や生理学に興味があり、学問の道に進もうと考えたこともありましたが、大学で学んだ基礎医学を出来るだけ臨床医学に役立てようと思い、臨床医の道を選びました。こうして昔からの友人である安井先生とともに歯科医学に関する本を著する機会が得られたことは望外の喜びと思っています。

第II章以降は、私が臨床医の立場から、顎口腔系の構造と機能障害について述べました。

終わりに、藤原夏樹氏にはMacによる写真・図版を担当していただき、謝意を表します。

平成8年2月

藤田和也

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