ここでは、顎関節症を理解するために、まず顎の生理的な状態について説明します。
- 顎関節症、その本態は?
顎関節症の顎関節部には、構造的な障害が存在します。
- 顎関節症の病態
顎関節症は、3者(咬合、筋活動、顎関節)の生理的な調和が崩れた状態であるといえます。
- 顎関節症とその症状の関連
さまざまな症状と、顎関節症の病態との関係。
口を開け閉めで音がするのは?、口が開かなくなるのはなせか?
原因を取り除けば治るのでしょうか?
歯ならびをきれいにする、歯ぎしりをやめる、頬づえをやめる?、姿勢をまっすぐする?、ストレスをなくす??…
治療は、その病態を正確に把握することからはじまります。
上にあげたものは、間接的原因かもしれません。しかし、この疾患のために引き起こされた結果(としての症状)かもしれないのです。肝心なのは、この疾患の本態です。
ここでは、顎関節症の本態であり、今までブラックボックスにされてきた、あごの関節と顎関節症との関係について説明していきます。
歯が一番咬み合った状態から、”さらに後ろに顎がズレる”ということは、意外に知られていないことです。 しかし、この生理現象を認識することから、顎関節症の理解は始まります。
まず、本当に顎が後ろにさがるかどうか確かめてみましょう。
まず、座って(あるいは立ったまま)口を閉じてみて下さい。歯はいつものように咬み合わさりますね。(下の写真)
今度は、仰向けに寝て、そっと口を閉じてみて下さい。
さっき歯があったっていた所よりも、少し下顎が後ろにさがって咬み合っていることが、わかりますか?
この下顎(したあご)のさがり方には、次のような特徴があります。
・後ろにさがる距離は人によってかなり異なります。
・健常者で0.5〜1mmぐらいさがるようです。
・健常者よりも顎関節症の人のほうがよくさがるようです。
(厳密には、どこを基準にしてさがるのか、という問題がありますが、それはまたあとで触れることになります。)
なぜ、仰向けに寝ると顎が後ろにさがって、咬み合わせが違ってくるのでしょうか。それを理解するには、顎の内部のしくみを見なければなりません。
健常な顎の関節の構造をもう一度復習しましょう。
3.下顎頭
6.外耳道
7.関節円板
8.外側靱帯
9.関節結節
10.外側翼突筋
上の図を少し描き変えたのが、下の図です。これも正常な顎の関節です。
「中心位」と書いてありますね。これは、歯を咬みしめているときの、顎の関節のなかの骨や関節円板の位置関係と思って下さい。
図中の青いラインは、下顎頭の動く経路(道すじ)です。
ところで、関節円板は、骨同士が力をうまく伝え合うのに適した形をしていると思いませんか?
ここが、まさに顎の動きの「支点」となる部分です。
上の図の、青いラインの「A〜B〜C」の部分は、顎が前方に動いた時に描く道すじです。
それは、下顎頭が外側靱帯によってつりさげられ、ぶらんこのような振り子運動をしているからです。(ぶらんこの写真はありませんが、みなさん想像してみて下さい。)
咬みしめた時、顎の関節でも、歯と同じように力がかかっています。
下顎骨の下顎頭は、関節円板(オレンジ色)を介して、上顎(頭蓋骨)に力を伝えているのです。
それが、ピンクで示した矢印です。
この前方運動の経路は、円弧(円の一部)に近い形をしています。
さて、青いラインの「C〜D」の部分ですが、これは下顎骨が後ろにさがったときの道すじです。これについて、次に説明します。
顎は前方に動くだけでなく、後方にも動きます。あるいは、ズレると言ってもいいかもしれません。
下顎(したあご)が前から押されて、後ろへさがった状態が下の図です。
この図は、正常な顎関節部において、顎が一番後ろにさがった状態をあらわしています。
この時、顎が後ろへ押される力を受けとめいているのは、関節円板の後ろにつながっている「後方肥厚部」と呼ばれる組織です。 さきほどの「中心位」の図と比べてるとわかる通り、その「後方肥厚部」が力(後ろへの圧迫)によりややつぶれています。
また、外側靱帯も、「中心位」の時と比べてやや延ばされています。
この、後ろにさがった状態が長く続けば、「後方肥厚部」や「外側靱帯」に負担がかかり、やがて障害を受けることが想像されます。
しかし、実際にはそんなことはありません。それは、グッと咬んだ時に顎がやや前の位置に戻ることによって、組織の障害を防いでいるからです。(どうして、咬むと顎がやや前の位置{中心位}に戻るのか、については、前の章の「顎の生理的な運動(6)」をご覧下さい。
この、「すこし後ろにさがる(ズレる)」という運動は何のためにあるのでしょうか。
これは推測ですが、おそらく口を閉じて顎の骨(下顎頭)がうしろにさがったときに、クッションあるいは車のバンパーの役割をはたしているのだと思います。
口を開けた状態からかなりのスピードで閉じるわけですから、顎の関節内では「動から静への」急激な運動の変化が生じます。つまり負の加速度が関節組織に加わります。しかも、咬むたびにです。
その、顎にかかる衝撃を弱めるはたらきがあるのではないでしょうか。
ここまでくると、最初に説明した、立った時と上を向いて寝ころんだ時で、咬み合わせが違う理由がわかってきたのではないでしょうか。以上は、正常な顎の関節についてみてきました。
もともと顎の関節には、普通に咬んだ時よりも若干後ろにさがる構造をもっています。
それが、仰向けに寝たときに、重力がはたらいて顎を下に押し下げるために、咬み合わせが違ってくるというわけです。
左の図を見て下さい。そして、先ほどの「最後退位」の図と見比べて下さい。どこが違いますか。
まず、関節円板(オレンジの部分)が前に落ち込んでいます。(そのために、このような状態を顎関節円板前方転位と呼びます。)
また、関節円板の後方肥厚部が、さらに押しつぶされています。
細かいところでは、関節円板や外側靱帯の下顎頭への付着部が延びているのです。つまり、靱帯が伸びた状態ですね。このように、顎関節症になると、関節の中のいろいろな組織が障害を受けているのです。
これ以外にも組織の変化はありますが、わかりやすくするために、ここでは省略します。
ところで、靱帯が伸びている…どこかで聞いたことがありませんか。そうです。スポーツをすると起こる手や足のねんざは靱帯が伸びて起こるけがでしたね。
わかりやすく言ってしまえば、顎関節症とは顎の関節が「ねんざ」と同じ状態になっているのです。
それでは、顎の関節の「ねんざ」状態により、どうして様々な顎関節症の症状がでるのでしょうか?
それについては次のページで説明します。