顎と体の健康の話
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生理的な顎の運動のしくみを知ろう(2)

この章の要約
ここでは、顎関節症を理解するために、まず顎の生理的な状態について説明します。
  1. 顎のはたらきを2つの動作に分けて考えよう
      顎の一連の運動は、機能的に見ると大きく2つに分けることが出来ます。1つは、顎を開けたり閉めたり自由に動かす運動で、動的運動状態と呼ぶことにします。もう1つは、歯を合わせてグッと咬みしめる動きで、静的運動状態とします。
  2. 顎の3つの構成要素と、そのしくみ
      顎は、機能的にみると、歯列(歯の咬み合わせ)・筋活動(咀嚼筋の働き)・顎関節(耳の前にあるアゴの関節)の3要素から構成されています。この3つの要素の機能を、動的運動状態と静的運動状態のそれぞれにおいて説明します。
  3. 顎の生理的状態(健康状態)とはどんなものか?
      上の3要素(歯列・筋活動・顎関節)が調和してはたらいている状態が、顎の生理的状態と考えます。 その調和とは、解剖学的、生理学的にであると同時に、顎も重さを持った実体なので、物理の法則(ニュートンの運動法則のような古典的物理)に対しても調和しています。そのメカニズムを説明します

2.顎の3つの構成要素と、そのしくみ

前のページで、顎のはたらきは1.顎を動かす、2.咬みしめるの2つに大別することが出来ると書きました。 もちろん、同じ顎がすることですから、その2つは全く別物ではないのですが、それぞれ分けて考えた方が理解しやすいと考ました。
ここではもう少し具体的に顎のはたらきを見てみましょう。

顎の動きは複雑で単純
食事の時、会話の時、あくびをする時…、私達はとくに意識することなく顎を動かしています。開閉、前後、左右、回転と意のままに、そして大変微妙に動かすことができます。これだけ精巧に動作する顎ですから、それをコントロールする内部のしくみも大変複雑になっていると考えるのは当然でしょう。複数の骨・筋肉・顎の関節・歯やその周囲の組織と、それらにつながる運動神経、感覚神経、中枢神経、その他さまざまな組織によりヒトの顎は構成されています。
顎もいい具合にはたらいている時は、口を開けられたり咬めたりすることを気にかける人はいません。しかし、ひとたび調子が悪くなると、顎や咬み合わせの不快感が悩みの種になってしまいます。どこが悪いのだろう?なにが原因なのだろう?歯か?顎の関節か?筋肉だろうか?最近ストレスがたまってるけど?それとも、遺伝だろうか?…

顎の動きは、別の見方をすると単純とも言えます。
その運動は、口を開けて閉める・咬みしめるに集約されるからです。

ところで、顎の「開けて閉める・咬みしめる」という繰り返し動作は、あの「はさみ」のチョキチョキ切る様子に似ていると言えないでしょうか?「はさみ」も、は(刃)を開けて閉めてそして(物をはさんで)切る、の同じような動作です。
しかも、その動き(使い方とも言えますが)は単純そのもの。それはなぜでしょう?

答えも単純です。複雑だと紙を思うように切れないからです。それでも「はさみ」の善し悪しはあります。刃は鋭いか、にぎりは力をいれやすいか、などです。軸にゆるみがあるものは使い物にはなりませんね。

長い時間をかけて磨かれてきた、昔ながらの道具には、共通点があると思います。それは、シンプルな基本操作で、複雑な仕事に対応できるということです。 ヒトの顎の構造も、脊椎動物の誕生から長い時間をかけて進化してきました。きっと、口を開け閉めする構造も使いやすいものになっているはずです。脳から「咬みなさい」と指令がおりると、あとは顎の各メンバーが協調しながら無意識に(自動的に)カチカチ咬んでくれる。実際にもそうじゃないですか?おいしいものを食べているときに、歯の咬み具合や筋肉の力の加減を気にしながら咬みますか?そうではないですね。もし、そんな方がいらっしゃったら、それは顎のどこかにマズイところがあるのです。

もう一つ、はさみを使っていてわかること、それは、2つの刃を同時に動かして切ることです。
それなら、ヒトの顎はどうでしょうか?よく言われるように、下顎(したあご)だけが動いて口が開くのでしょうか。それとも、上顎(頭全体)と下顎を同時に動かして口を開けるのでしょうか?
ためしに、はさみの刃の片方を動かさないようにして、紙を切ってみて下さい。うまく切れますか? そしてそれが、上の疑問のヒントになるはずです。

ところで、歯医者さんのマークによく使われる「カバさん」の絵、さてあの口はどういうふうに開いていたでしょうか?


話を元に戻しましょう。はさみは基本的に、刃・にぎり・軸の3点から構成されています。それは言い換えると、「てこの原理」の作用点・力点・支点ですね。
これを顎についてあてはめると、

となります。これらが中枢神経からの指示で、互いに協調しながら各々はたらいていると考えると、わかりやすくなります。
それでは以下に、歯の咬み合わせ・筋肉(咀嚼筋)の活動・顎の関節の3つの構成要素について説明していきます。
  1. 歯の咬み合わせ

    ヒトの顎は、前後左右上下に自由に動かすことによって、いろいろな位置をとることができます。しかし、口を閉じて力を入れて咬もうとすると、歯が最も深く咬み合う、各自いつも決まった位置関係に収まります(正常な場合)。それは、成長していく過程で、そこでうまく咬み合うようになっているからです。この、上下の歯が咬み合うと最後は1点に収まることが、咬み合わせの1番の特徴です。

    咬み合わせの状態を調べるには、歯の型を取って石こう模型にすることが1つの方法です。
    同時に、その時の咬み合わせの関係を記録しておけば、その人が今どういうふうに咬んでいるかがわかります。

    でも、この型を取った歯並びや咬み合わせが、いいのか悪いのか、どうやって見分けるのでしょう。
    きれいな歯並びでも、うまく噛めないと訴える人がいます。その人の歯や顎は何を基準に、どう診断すればよいのでしょうか?

    ヒントは、歯は歯だけで並んでいるのではないと言うことです。歯は骨を介して顎の関節とつながっています。もし、顎の関節がずれていたら、そのずれた骨の上に並んでいる歯列がいくらきれいでも、それは良い歯並びといえるのでしょうか?



  2. 筋肉の活動

    顎の動きに関わる筋肉の中で、顎関節症にとくに関連しているのは、
    咀嚼筋(そしゃくきん)と呼ばれる4つの筋肉です。

    ●咀嚼筋の種類を下の表にまとめます。

    ●咀嚼筋それぞれの形、位置、働きを以下に図で説明します。


    1. 咬筋

      頬骨弓(ほおぼね)と下顎枝外面(あごのえら)をつなぐ厚い筋肉。
      下顎骨を前上方に上げ、上下歯牙を咬み合わす。


    2. 側頭筋

      側頭部と下顎骨の筋突起をつなぐ扁平な筋肉。
      形態は扇状で、その範囲は偏頭痛のする範囲とよく一致する。
      下顎骨を後上方に上げる。


    3. 内側翼突筋

      蝶形骨翼状突起と下顎枝内面をつなぐ。
      咬筋とは、形、機能がよく似ている。
      下顎骨を前上方に上げ、上下歯牙を咬み合わす。




    4. 外側翼突筋

      蝶形骨大翼および翼状突起と下顎骨の下顎頭頚部(関節円板も含む)をつなぐ。
      下顎頭(関節円板も)を前下方に引っ張る作用がある。



    上の4つの筋肉は、どれも下顎神経という1つの神経から信号を受けて収縮します。
    つまり単純なはたらきとして考えると、下顎神経からの刺激で4つの筋肉が同時に収縮して、その結果、口が閉じる→咬みしめるという動作が行われます。

    咀嚼筋の中でも、治療をするうえで重要なのが、咬筋側頭筋です。
    咬筋と側頭筋は、下顎骨を上に持ち上げるという点では同じ作用をしていても、大きく異なることがあります。上の図を見て気づくことはありませんか?

    それは、咬筋は前上方へ、側頭筋は後上方へ力を及ぼしているということです。

    このときに顎にかかる力は、咀嚼筋の力のベクトルの合成されたものとなり、その合成ベクトルは生理的な状態では前上方に向かっています。それは、咬筋方向の力の方が強いためです。(左図参照)

    ただし、この図はイメージ図なので各ベクトルの長さの比は正確ではありません。しかし、もし、側頭筋の方が強かったり、合成ベクトルが後方へ向いていたりすると、顎の関節の中で一体どういうことが起こるのか考えてみると興味深いでしょう。)

    また、咬筋、側頭筋が治療上有用なのは、それが顔の表面近くにあり、触診や筋電図による筋の活動を検査しやすいためです。

    筋肉の活動を調べるには、筋電図を使用しています。下がその検査データです。

    筋電図の測定風景。

    これは、正常な方の咬筋と側頭筋の検査結果です。

    これは、顎関節症の患者さんの検査結果です。

    上のデータをみると、同時に同じように作用するはずの咬筋と側頭筋ですが、正常者の場合は(生理的状態では)、両方がどちらもよく活動しているのに対して、患者さんの方は、側頭筋に比べ咬筋の振幅が小さいことがわかります。
    この理由は簡単に説明すると、顎の関節に問題があるときは、咬筋のはたらきが抑制されるためです。(詳しくは第3章ー顎関節症はどういう病気なのかーで)
    咬筋もしっかり働いてはじめて生理的状態といえますが、それはこのように検査してみないとわかりません。


  3. 顎関節部

    顎関節は、顎の動きのなかで、その支点のはたらきをする所です。この中でとくに重要なことは、関節円板の形態と、そのはたらき(機能)との関係です。以下に写真・イラストを使って顎関節部の内部のしくみを説明します。

    頭頚部の骨格と顎関節の位置

    頭頚部の骨
    1. 頭蓋(あたま)
    2. 下顎骨(したあご)
    3. 下顎頭(したあごの一部)
    4. 歯牙
    5. 第1〜3頚椎(首の骨)
    6. 外耳道(耳の穴)

    赤枠の中が、顎関節部です。その構造を下のイラストにしました。

    顎の関節は、写真のように耳の穴の前のあたりにあることがわかりますね。
    指をその部分にあてて口を開け閉めすると、クリクリ動くのがわかります。

    顎関節部のイラスト

    咬みしめると、矢印の方向に力がかかります。下顎頭から関節結節にスムーズに力を伝えるために、関節円板の中間部は(非常に)薄くなっています。

    3.下顎頭
    6.外耳道
    7.関節円板
    8.外側靱帯
    9.関節結節
    10.外側翼突筋

    少し詳しい説明はこちらへ…

    さきほど書いたように、顎の関節部は顎の動きの中で「支点」の役割をします。当然、支点がぐらぐらしていたのでは、安定して咬むことが出来ません。ヒトの顎では、咬んだときに、「したあご」の「下顎頭」が「うああご」の「関節結節」に対してグッと力をかけることによって、「支点」の安定を得ているのです。なおかつ、口を開けたときには「下顎頭」は滑らかに前方にすべっていかないといけません。骨同士のまさつによる破壊を防ぐために関節円板が存在し、「支点」として安定するために「関節円板」は中央が薄くなった凹レンズ状の形をしていると考えられます。

    外側靱帯の解剖写真

    外側靱帯を、関節結節のあたりで切断して、ピンセットで引っ張っている写真です。

    外側靱帯の付着部に注目下さい。関節円板の付着部とさほど離れていない部位に外側靱帯も付着しています。

    外側靱帯は下顎頭が関節結節のまわりを回転運動するように、下顎頭の動きに制限を加えています。それはちょうどブランコの振り子運動に似ています。くわしくは「顎の生理的運動」へ。

    8-1.外側靱帯
    8-2.外側靱帯の下顎骨への付着部

    関節円板の切断面

    前にも書いたように、関節円板の中央部(赤の矢印)は下顎頭と関節結節にはさまれて薄く押しつぶされています。
    この写真の通り関節円板の力がかかる部分はかなり硬く、けっして”ざぶとん”や”クッション”のように弾力性のあるものでは、ありません。

    その前後は毛細血管に富んだ弾性のある繊維組織です。ここは、無理な力が加わると、容易にへこんでしまいます。しかし、栄養が行き届くため、新陳代謝が盛んで、障害を受けても回復が期待されます。

    この関節円板の形態から顎関節の本来の状態を考えてみましょう。

    どうも顎の位置(=咬み合わせの位置)は、筋肉の作用と顎の関節を含めた全体の調和のなかで決めらているのではないでしょうか。


    顎の関節の中の状態を調べるためには、いくつかの検査法方があります。
    顎の中の状態を調べるために画像検査があります。

    画像検査と顎関節症治療との現時点でのかかわり合いについて、独自の考え方を含めて説明します。

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